
(長文注意!。まじめな文章注意!。笑えない文章注意!)
こんにちは。すっしーです。
突然ですが、僕は音楽を言葉にするのが苦手です。
いきなり鬱陶しい自己出張ですいませんw。
でも音楽を上手く表現できる言葉を持っていないんですよね。
あそこの○○がいいとか、あれは△△の影響があるよね、とか、言えないし書けないんです。知識がないもので。
だからブログにもあまり書けないんです。
感想とか書いても、某終身名誉監督っぽい言い回しになってしまうわけです。
「あそこで、アレがぐぁーっと来てさ。そこでソレがどばーっと出てくるからすごいよな!!。解る?。ちょっと掛布君バット振ってみて!」みたいな。岡田だっけ?あのエピソード。
ま、野球の話はいいとして。
その前提の上で、卑怯にも音楽的な視点とはまた少し違う角度から、鈴木祥子さんの新作アルバム「鈴木祥子」についてちょっと語ってみたりしようと思います。
鈴木祥子さんを知らない方のために、少しだけ説明をします。
パブリックな詳細はぐぐっていただくとして(手抜き)、要点は、数年前にメジャーを離れインディーズで活動しだしていること。
そしてずっとライブ活動をしてシングルを出していて、今回、2006/01/25に5年ぶりのアルバムを発売したことです。
一度聴いてみたいなと思われている方は最適なpodcastがありますので以下リンクをどうぞ。初めての人に俺が薦めるのは、大人し目では「忘却」、激しいのでは「Love/Identified」です。
http://www.voiceblog.jp/wonderground/
こっから先は、鈴木祥子を知らない人にはあんまり興味ない話だと思います。今回のアルバムは収録曲のほとんどが既発の、シングル(そのカップリング)・ライブアルバム・CDジャーナル特別付録CD・他のミュージシャンのカヴァー、などなど、なにがしかの形によって聴き手の手元にすでに届けられていた曲です。
上記の枠を外れる曲は、最後の「道」のみ。それもライブではすでに発表しています。
その事について、残念だ、新曲はないのか、という意見があります。
ご多分に漏れず、僕も最初に曲リストを見たときは残念に思いました。
なんだ、そうかぁと。
ただ、ライブで聴いているあの曲が聴ける、という期待も大きかったですが。
とくにカーネーションヲタでもあるので、「ラジオのように」、「Frederick」、「忘却」などは鼻血が出そうなくらい嬉しかったです(とくにFrederick!!)。
発売が近くなり、新曲が少ないことに対する祥子さんの見解が出ます。
部分的に転載するとアレだし、関係する三つの書き込み全部を転載します。
もうあれです、あんまり興味ない人、ここらで読むの諦めた方がいいですよ。
長くなるよ(笑)。
『転載ここから』
1445) スズキ@京都に戻りました。 [近畿] 2006/01/22(Sun) 21:41 **
1月20日、カフェ・アンデパンダンに来てくださったかた、本当にどうもありがとうございました。寒い中、お待たせしてしまってごめんなさいね。
翌日はトラックダウンで東京に行き、先ほど京都に帰還しました。
東京、雪、すごかったですねえ。皆様、大丈夫でしたか?
アルバムのことについてですが、録音=レコード=記録、であるとわたしは近年かんがえるようになりました。アルバム、はある時間のなかでの、自分の思考とか感情、そこから生まれたもの、の記録であって、全て新曲でなければならない、とは思っていません。なので後悔ナシ!であります。もちろん異論も異議もあるのは覚悟して居りますので、今後も遠慮なく書いていただけたら幸いです。
1448) スズキ@ちょっといいですか〜。 [近畿] 2006/01/23(Mon) 18:50 **
以前、アルバムをこれでもかと作っていたような時ね、自分の曲が使い捨てられていくような感覚を味わったんです。
どんどん曲を書いて、どんどん発表して、じゃあそれが何枚売れたらゴールなのか、評価されたら勝ちなのか。
人が音楽を聴きたいと思う、歌いたいと思う理由ってそんなところにあるわけじゃない、でもある価値観のなかでは、それがいちばん大事なことになったりする。
要は、自分が何を信じるか、何をいちばん大切なことだと思うか、ということに尽きる、というのが自分なりの結論でした。だったらアルバムもライブも、いまここに居る私、が大事だと思うことをやっていこう、と。
1449) スズキ@ちょっといいですか〜2。 [近畿] 2006/01/23(Mon) 18:52 **
そのなかで意見のちがい、感じ方のちがい、が出て来くるのは当然のこと。それをオープンに喋れる、声にできるのもまた、とても大事なことだと思っています。
『転載ここまで』
何年前だったかな、2003年くらいかな。
フジテレビ721というCS放送の公開録画を観覧できたときに、司会の阿部知代さんが最後に「収録し直す曲はありますか?」と祥子さんに聴いたんです。
観客たちは(っていうか俺は)おっと、もう一回聴けるなありがてぇと思ったんですが、祥子さんは迷った挙句、やり直さなくていいですと言って終了しました。
個人的には残念だったんですが、そのころからライブなどで、「その場に在るもの」が重要なんだと思うようになったと言われていました(ような気がする)。
枝葉末節に拘るより、その場(状況)で最初に自然に出てきたものが、もうそれが結果なんであって、それが一番価値のある(≒良い。かな?)ものだという考え方なのかなと思いました。後からね。
それを前提に考えて、
>>アルバムのことについてですが、録音=レコード=記録、であるとわたしは近年かんがえるようになりました。
という一節は、今(つまり録音時)に鈴木祥子がどんな事を考えていて、どんな音楽をやりたいか、やったかの、記録だということになるのかなと思います。
新しい曲が出来て超ハッピー。何回もこの曲をやりたいし一刻も早くファンに届けたい。そう思っているときもあれば、
(新曲でなくても)この曲を歌いたい気分だな。この曲をこんな風に歌ってみたいな。この人たちと一緒に音を出すならこの曲をやりたい。
そんな風に考えているときもあるでしょう。
前者の記録がシングルで、後者の記録がアルバムなんじゃないでしょうか。
もうひとつ面白い記述だと僕が思うのが、
>>以前、アルバムをこれでもかと作っていたような時ね、自分の曲が使い捨てられていくような感覚を味わったんです。どんどん曲を書いて、どんどん発表して、じゃあそれが何枚売れたらゴールなのか、評価されたら勝ちなのか。
というくだりです。
判で押したように一定の期間で(たいてい一年くらい)で作品を出すことを半ば強要され、搾り出すように、削り出すように曲を作っていく。じゃあ、曲の元となる「何か」をいつ回復すればいいのか。補填することなく削り出していけばそれはまさに消費で、先にゴールが無ければ、残るものはなにもないのではないか。
しかし、ここらへんの迷いについて祥子さんが出した答えが、
>>要は、自分が何を信じるか、何をいちばん大切なことだと思うか、ということに尽きる、というのが自分なりの結論でした。だったらアルバムもライブも、いまここに居る私、が大事だと思うことをやっていこう、と。
ということだったんでしょう。
だから、それが新しいかどうかじゃなく、それが今の自分が作りたいものかどうか、ということで今回の選曲になったんだと思います。
そして自分が、出せるものがある、と思ったときに作品を出せるように、インディーズを選んだんだと思います。
つまり今回の選曲も、現在の立ち位置も、やはりしっかりとした考えがあった上で選んだものだったんだろうな、と思います。
まぁ結果的にそうなって、あとから考えてみると大正解だった。ということかも知れないですけど(笑)。
そして今までの中でもっとも自分の考えを反映した、自分自身の作品。
だから、アルバムタイトルが「鈴木祥子」。
そういうことかなと。
最後に蛇足ですが続けると、そういうふうにいろいろ考えさせられるところが、俺が鈴木祥子さんを好きな理由の一つだと思いますね。
歌詞を見たり発言を見たりすると、なぜこういうふうな道を歩んできたのか解る気がするんです。いやー、こんなことを考えている俺、キモイですねw。
だから、…いや俺がキモイからじゃなくねw。
だから、そのうち祥子さんが自分のことについて本を書いてくれないかなと期待をしています。
「かなりの読書家+真面目な性格」のようので、軽々な気持ちでは書き始めることは出来ないのかもしれないけれど。
あ、あと内容への感想を書いていませんでしたが、『最高』です。大好きです。
今までのアルバムで一番くらいに好きです。



