2005年10月16日

この胸いっぱいの愛を

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2006年。子どもの頃に過ごした北九州に、出張で向かった比呂志は、自分が1986年にタイムスリップしていることに気づく。同じ飛行機に乗り合わせたヤクザの布川、影の薄い男・臼井、盲目の老婦人・朋恵も同様にタイムスリップしていた。旅館を営む祖母に預けられていた20年前のその日、自分が火事を起こしていたことを思い出した彼は、旅館の台所に駆け込み、間一髪のところで火を消し止める。このことをきっかけに、20年前の自分自身“ヒロ”と同じ部屋に居候することになる比呂志。旅館に住むことは、ずっと忘れられない初恋の人“和美姉ちゃん”との再会も意味していた。

監督・脚本 : 塩田明彦
原作 : 梶尾真治
出演 : 伊藤英明 ミムラ 吉行和子 愛川欽也

(以上、goo映画より抜粋)

3点。

物語全体としては、感動できるいい話です。
ただ、いくつか気になるところがあって、それが感情移入を妨げてしまったところがあるかもしれません。
まぁその気になるところを書くとネタバレするんですが。
なので内容は後に取っておいて。
現在(大人)の自分と過去(子供)の自分が同時に存在する、面白いシチュエーションが良かったですね。
二人の心の交流が、俺としてはヒロインとの交流よりも胸が温かくなりました。

しかし、俺と同じ、細かいところまで気になる人には、この映画はオススメできません。

(注・全部書き上げてみたら、結構な毒になりました。この映画好きな人は見ない方がいいかもしれません)

以下はネタバレです。今回はかなりネタバレです。

気になるところ その1
和美ねぇちゃんわがまま過ぎ。

手術受けなければ100%死亡。
手術受ければ10%助かる。
助かった場合障害が残るかも。

この状況で和美ねぇちゃんが手術を拒否しているのは、俺はてっきり自分を引き取り育ててくれた父にこれ以上迷惑をかけたくないからだと思ってたんですよ。
「いや、父親としたら、介護も辛いだろうが、死なれても心に負担がかかるんだよ。がんがれ、手術を受けろ和美ぃぃぃぃ!」とか勝手に心の中で思っていたら、「バイオリンが出来なくなるなら死んだ方がマシ」って…。
そんな理由かよ。リハビリして頑張ればなんとかなるかもしれないじゃん!!(なんて気軽に言うのも良くないですが)。


気になるところ その2
あれで生きようと思うか?

ヒロの最後の策が謎過ぎ。
見ていない方のために思いっきりネタバレして詳細を書くと、

交響楽団の演奏会に和美を招待する。
事前に楽団の指揮者に事情を話し、演奏会の途中で和美に一曲弾かせるようにお願いしておく。
途中で呼ばれて和美びっくり。大人ヒロをにらみつけながらも壇上に。
おっかなびっくり演奏する和美。なんとか見事に弾きこなす。
弾きこなした後、舞台袖に逃げる和美。
追っかけた大人ヒロに抱きつきながら、「こんなもんじゃない。もっと上手くなりたい!」と言って手術を受け入れることを表す。

ってな感じです。

まず、あの演奏会でバイオリンが弾けたからといって、やはり手術を受けたら弾けなくなるかもしれないという状況はなにも変わってないですよね?。
「こんなもんじゃない。もっと上手くなりたい!」といって手術を受けようとするより、「今は弾けたけど手術を受けたら弾けなくなってしまう」と、より強く思う方が自然じゃないですか?。
もっと謎なのが、ヒロはあそこで和美ねぇちゃんが上手くバイオリンを弾けなかった場合のことを考えていたのだろうか?。
満場の視線を浴びて、やはり病気による手の震えで弾けなかった場合、和美ねぇちゃんはこれ、赤っ恥ですよ。
それだけではなく、バイオリンを弾けない自分をより強烈に意識してしまうし、そうすれば手術なんか受けるかボケェという展開になってしまうと思うんですけど。
それに、ずっと前のシーンでヒロの前でバイオリンを弾いたときに、和美ねぇちゃんは「今はたまたま弾けた。今弾けたのは奇跡」というようなことを言っていたくらいだし、ふつうに考えたら失敗する可能性のほうがはるかに高い。それなのになんでヒロはあんな場所で弾かせようとしたんだろう。失敗させたかったのか?(笑)。

あのくだりは俺にとってまったく納得がいきません。
誰かガッテンボタンを叩きまくれるくらい筋の通った説明をしてくれないものか…。


気になるところ その3
これはどうでもいいんですけど。
若いヤクザの男が迫力が無くてぜんぜん怖くないのに、態度がメチャメチャ悪くてちょっとイライラしましたね。
ヒロの方がデケーんだから、いい加減にしろって怒鳴ってやればいいのに。
もっと迫力がある人が演じたほうが良かった希ガス。


気になるところ その4
これもわりとどうでもいいんですが。
ミムラが健康的過ぎる(笑)。

和美の病状が進んでも、ミムラが溌剌としてるので、ちょっと…。
まぁ可愛いのでいいんですが(笑)。


おもに1と2の理由で感情移入出来なかったですね。
三人がすでに死んでいるのも、最初のおばあちゃんのセリフが意図的過ぎて解ってしまいました。
「これで思い残すことはない」って言って消えたら、そりゃ成仏だろ(笑)。

実は鑑賞中に、上記の読みをふまえて、物語全体の予想を立ててしまったんです。
これは死者が見る最後の許しなんだなと。
ここで主人公が見ている世界はただの夢。
地面に叩き付けられて絶命する直前に脳内物質が見せる幻想。
もしくは、最後に幸せな気持ちになって旅立つ為に神様が与えてくれた幻覚なんだろうと思ったんですよ。
現実はシビアで、失った過去をやり直せるなんて夢の世界だけ。
だけど最後に人は、夢の中で許されて旅立てる。
そういう映画なんだと。

それに劇中のすべてが夢なら、子供の頃の自分に会うことによって起きるタイム・パラドックスを避けることが出来るし、なるほど上手いねとも思ってたんです。
また、この仮説に符合する点が、子供ヒロが東京に帰らなかったという、実際の歴史から決定的に変わった後に、子供ヒロの態度が一変するということです。
それは子供ヒロが大人ヒロに懐いたというのもあるんでしょうが、態度が変わるまでが「記憶から再構成された、事実を元にした夢」で、態度が変わった後は「記憶にはない、参考資料の無い夢」だからこそ、理想化された子供ヒロに変わったのではないかと。


まぁ要は、
「せめて夢の中で、どうしても自分で許せない過去を変えさせて、許された気持ちを胸に天国へと旅立てるようにする。優しい話だなぁ」
と見ながら勝手に予測していたんです。
一人で先回りしてちょっと感動したりして。


そしたらエピローグでミムラ生き返っとるし!(笑)。
歴史かわっとるがな。あれは夢じゃなくて事実なのか!。
俺の予想は全部空振りか(笑)。

うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむ。
この映画は、優し過ぎる。理想的過ぎる。。。。。……都合が良すぎる
「オールド・ボーイ」でハァハァするようなザラザラの感性では、この優しさは受け付けられないかも知れない。

あの映画のすべてが、ヒロが死ぬ間際に見た幻想だったとしても、十分感動的な話になると思うんですけどねぇ…。

一応最後にフォローしておくと、ヒロと和美の話より、他の二人のタイムトリッパーの話や、大人ヒロと子供ヒロの話の方は素直に感動しました。ヤクザの方はちょっと泣きそうになった。
クドカンの方は、謝って消えた後に結果的にもう一度鉢植えを割っちゃうことになって、もしかしてここ笑うシーンじゃないよね?と戸惑いました。
あれ、これフォローになってねぇな(笑)。
posted by すっしー at 16:57| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(3) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TB返しありがとうございました(^^)
期待していただけに、いろいろ突込みどころが多かったのが残念でした。
でも、まさに「優しい映画」ではありましたね。
私は『黄泉がえり』の方が好きですが。
Posted by くるみ at 2005年10月17日 21:09
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